sports diary of treasure

サッカーを語ります。好きなチームは川崎フロンターレ。

ロベルト・エンケから考えるサッカー選手という職業

うつ病とサッカー」というノンフィクション本を読んだ。

この本の主人公はロベルト・エンケというサッカー選手。

彼はドイツ代表の正ゴールキーパー候補ながら2009年に自ら命を絶った。

そして死後、彼がうつ病と闘っていた事を彼の妻が公表し、今でもアスリートが心の病を告白した際に時々彼の名前を耳にする。

この記事では

  1. 本を読んでうつ病について感じたこと
  2. サッカー選手という職業
  3. 選手に対するサポートについて

上記三点への個人的な考えを述べたいと思う。

エンケの死に死因はない


基本的に人は自ら死を選ぶ事に対しての理解がない為、自殺という行為への納得が出来ない。
その為、死因を探したがる。

なのでエンケについて調べると2003年から2009年に亡くなるまでの6年間、うつ病と闘っており、2006年に愛娘を亡くした事が彼の心にダメージを与え、自殺の理由になったと結論づけている物が多い。

しかし、本を読了するとこれらは誤りである事が分かる。

まず、彼は継続してうつ病と闘っていた訳ではない。
正しくは2003年と2009年に二回うつ病を発症しているのだ。

その為、2008年に彼が受けたインタビュー記事を読むと彼が精神的な悩みを抱えているようには思えない。

なぜならこの時彼はうつ病と闘っていた訳ではないからだ。

ロベルト・エンケ。隠された心の病との闘い、その途中 | footballista

同じく、2006年に生まれつき心臓に問題を抱えていた2歳の娘を亡くした時も彼は毅然とした態度でこの悲劇を乗り越えドイツ代表メンバーに選出されるまでの選手となった。

2009年にエンケがうつ病を患い、自ら命を絶った事は事実である。

しかし、この自殺には特定の要因などなく、本を読めば様々な要素が絡み合った上でうつが再発してしまった事が分かる。

うつ病に明確な原因などなく、特定できた所で治るわけでもない」

私は、この事をきちんと知れただけでも「うつ病とサッカー」という本を読む価値があったと思う。

常にプレッシャーと闘わなければならない


本を読んでいて強く感じたのはサッカー選手は常にプレッシャーと闘っているという事である。

エンケはキャリアを通してドイツ、ポルトガル、スペイン、トルコでプレーをした。

その中でも初めてうつを発症した2003年に所属していたバルセロナでのエピソードが印象に残っている。

2002年の夏、ポルトガルベンフィカからバルセロナへと移籍したエンケは当時の監督、ルイス・ファン・ハールがまだ駆け出しの存在だったビクトル・バルデスを抜擢した事により控えゴールキーパーとしてシーズンを迎える事となった。

そんな中、スペイン国王杯(リーグカップ)で二部リーグ最下位のチームを相手に公式戦デビューを果たすことが決まる。

しかし、エンケはこのデビュー戦をチャンスとは感じず、逆にプレッシャーに感じていた。

何故なら名門バルセロナからすれば勝って当然の試合なので、無失点に抑えた所でレギュラーの座を奪える程のアピールにはならない。

しかも、万が一試合に敗れた場合、敗因として吊し上げられるのは自分だと考えてしまったのだ。

そしてこの試合はエンケにとって最悪の結果に終わる。

彼自身の判断ミスを含む3失点を喫し、敗北してしまうのだ。

更に試合後、ゲームキャプテンが公の場で彼のミスを批判し、監督からのフォローも無かった事が追い討ちをかける。

彼はこの試合が終わった後からチームでの居場所を無くしたように感じ、実際に失っていった。

私がこのエピソードから感じたのは控え選手の抱える重圧である。

一般的にプレッシャーを感じると思われるのは定期的に試合に絡み、チームの勝敗に関わるレギュラークラスの選手達である。

しかし、控え選手も彼らと同じくらい、もしかするとそれ以上のプレッシャーを試合で感じる事が本書を読めば分かる。

彼らはレギュラー組とは異なり、カップ戦での出番が主な出場機会となる。

実戦経験が少ない彼らが不定期に行われるカップ戦でアピールするのは簡単な話ではない。

しかもエンケの場合、バルセロナというビッグクラブに所属していた事で勝利という結果も求められていた。

プロとしての宿命と言えばそれまでなのだが、少ない出番の中で結果を求められた彼が闘っていたプレッシャーの量は尋常では無いのだと本書を読んだ時に実感した。

エンケの行動から考える正しいサポート


バルセロナ時代は周囲のサポートに恵まれなかったエンケ。

その後も波乱万丈のキャリアを過ごした彼だが2004年にドイツのハノーファーに加入してからは安定したパフォーマンスを見せ、次第にドイツ代表メンバーにも招集されるようになる。


そんな彼が2008年に一人の若手ゴールキーパーを相手にとあるアクションを起こした。

当時19歳だったその選手はデビューして間もない頃、リーグ戦で自身のミスから失点をしてしまい試合に敗れてしまう。

更に試合後、監督から公の場で彼のミスが敗因だと明言されてしまう。

この発言を耳にしたエンケが怒りを感じ、関係者を通して彼に電話をする場面が本書に登場する。

ここでエンケは彼一人のミスで失点した訳ではない事を伝えた上で控えになっても決して挫けてはいけないと激励する。

ロベルト・エンケという選手はうつ病に敗れた弱者ではなく、自分と同じような問題に直面した選手に勇気を与えられるような強い人間であると感じさせる場面である。


そして、このエンケの行動を私達は模範にする事ができる。

スタジアムで試合観戦をするとミスをした選手に罵声を浴びせ続け、その後、普通のプレーをするだけでネガティブな声をぶつける人がいる。

またスタジアム以外でも応援するチームが負けた際にSNSを用いて特定の選手に、匿名で攻撃的な声を発信するケースもよく目にする。

これらは本当に正しいのだろうか?

勿論、人それぞれに応援する形があり正解など無い。

但し、ミスをした選手に対して罵声を浴びせ、その後何もフォローをせずに野放しするのと、次の試合に前向きな状態で臨めるように激励し、サポートをするのとではどちらが選手にとって、更に言えば愛するチームにとって良い方向へ導くのかは明白な気が私にはする。

ちなみに本書を読めばエンケに激励された若手選手はキャリアを重ね、今では名門クラブでプレーをしている事が分かる。

終わりに


本書の表紙にも書かれているのだがこの本はうつ病の啓蒙書であり、名声を得ていたサッカー選手が陥った悲劇の物語ではない。

あくまでもうつ病という病気を知りたい人やエンケを介してサッカー選手がどのような気持ちで試合に臨んでいるのか気になる人に読んでほしい作品となっている。

うつ病とサッカー 元ドイツ代表GKロベルト・エンケの隠された闘いの記録

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